東京レトロポリタンク

BL小説家(志望)の男の興味の矛先。

さよなら、800形。

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さよならぼくの大好きな電車


随分前のことだけど、京急の800形という車両が好きすぎて、どこがどう好きで可愛いのか、思いをぶつけるだけぶつけた記事を書いた。

http://kentamuragishi.hateblo.jp/entry/2017/11/15/205953

この記事がなんだかたくさんの人に読んでいただけて嬉しかったのだけど、この記事のラストで、ぼくはこう書いている。


「デビューから40年、というのは人間で言ったらそろそろリタイアという時期なのである」


この言葉を書いた日から一年半余り、800形の最後の1編成が引退を迎えようとしている。最後に残ったのは、赤い車体に白い細帯のベーシックな塗装の800形ちゃんではなく、窓周りを白く塗ったデビュー当時の塗装に戻った「復刻版800形ちゃん」である。


何事につけ、オタクというものは自分に「刺さった」対象については際限なく尊んでしまうものだと思う。俳優、歌手、二次元のキャラクター、……それこそ無機物であれ、「愛しい」と心に火の手が上がったらもう、容易に消し止められるものではない。

その一方で、愛しい人・キャラ・ジャンルとの「別れ」の悲しみは、燃え上がった思いの分だけ深い悲しみとなる。バンドなら解散や活動休止、漫画の連載終了、……最近ではソシャゲのサービス終了なんかもここに並べていいだろう。

鉄道オタクにとって、「推し(推し車両)」との別れは即ち「引退」である。大手私鉄を引退した車両が地方の鉄道に譲渡されて、まだまだ現役で頑張るというケースも少なくない。どこかに譲渡されて第二の人生を送っているなら、それがどこであろうとまだ元気な姿を見ることもできようが、多くの場合はそれも叶わない、「永遠の別れ」である。



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幸福なことに、京急を引退したあとも香川県高松琴平電鉄で第二の人生を送る旧1000形


もう、800形ちゃんに会えなくなってしまう。


長らく京急沿線とは縁のない人生を送ってきたのだけど、五年前に友人が蒲田に住むようになって以来、京急に乗る機会が増えた。中でも嬉しかったのは、もはやほとんど見ることが出来なくなった片開きドアを備えた800形ちゃんと出会えたことだ。800形ちゃんのどこがいいか(愛らしい顔と独特なスタイル、しかし強烈なハイスペックぶり!)については冒頭にリンクした記事にて書いたのでここでは割愛するけれど、とにかくぼくは800形ちゃんの虜だった。

それこそ鉄道車両を「800形ちゃん」などと呼んでしまうほどに。


大好きな彼の引退を知って、ぼくに出来ることはそう多くもない。貴重な休日を彼に捧げ、その姿を写真に収めることだ。要するに、鉄道車両の引退に伴ってファンが大勢撮影に訪れるっていうアレを、800形ちゃんためにこそ自分もやってみようと思ったのである。


驚かれるかもしれないがここまで前置きである。浅い鉄道オタクに過ぎず、高校時代は写真部部長だったものの、ここ数年はスマホでしか写真を撮っていないぼくは、はたして800形ちゃんの最後の姿をかっこよく記録することが出来たのだろうか。



◆5月21日


梅雨まではまだ間があるというのに、お世辞にも「撮影」に適した日とは言い難い空模様。西の方では大雨警報、関東も叩きつけるような雨。前日の仕事上がりから準備万端整えていたものの、強い風に煽られた大粒の雨で駅に着くころにはもう、ズボンの裾はビショビショ。

とはいえ、「残り少ない日々の中で最後になるかもしれない大雨をつんざいて走る800形ちゃん」の姿というのもきっと絵になるはずだ。そう自分に言い聞かせつつ、改札をくぐる。800形ちゃんがいま京急線のどこを走っているのだろう?


ぼくみたいな素人にはいつ800形ちゃんがやってくるかは判らない。運任せにどこかの駅のホームでただひたすら待つというのは辛い。

そこでとても役に立つのが、インターネット上で公開されている「運用情報」だ。


京急線運用情報

(現在サーバーエラー中? 「京急 運用情報」で検索するとトップに出てきます)


このサイトを見れば、その日に京急のレールの上をどんな電車がどんなダイヤで走っているか、いまどの辺りにいるのかが一目瞭然なのだ。どなたが作ってどんな風に運営されているのか判らないけどありがたい……、天の助け……。拝みながら覗いてみると、800形ちゃんは品川と浦賀を普通(各駅停車)で行ったり来たりする運用に就いていて、この時間は浦賀から品川に向けて上り線をガタゴト走っている最中らしい。いまちょうど上大岡で、京急では唯一一両あたり四つあるあの大きな片開きドアをプシーと閉じたところだ……、自慢の加速性能でぐんぐんスピードを上げて走っている姿が、自然と頭に思い浮かんだ。

どこかの駅で待ち伏せて撮ろう。出来れば下りのホームの端から、駅に入ってくる姿を撮れたら嬉しい(なんとなく、800形ちゃんの車体を足元まで含めてホームで隠したくないな、と思っていた)

快特京急川崎に出て、普通に乗り換える。タイミング的には横浜までのどこかの駅で800形ちゃんがやって来そうだ。撮影の名所、と呼ばれるような駅もあるのかも知れないけど、残念ながらそういう方面への知識は皆無、調べる時間もない。先頭車両に陣取って、撮影が出来そうな駅を探す、……ああ、ここはダメだ、ホームが狭くて危ない。ここもダメだ、ホームの端に屋根がなくてカメラが濡れちゃう……。

そんなこんなで決めかねているうちに、生麦駅でタイムリミットを迎えた。ここで降りないと800形ちゃんを撮れない……、と仕方なくホームに降りたのだけど、撮れたのはこんな写真だった。

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あーあ(生麦)


ピンボケだし、そもそもホームの端まで行けなかった。実力不足……、準備不足……。出鼻をくじかれるとはこのことだ。


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足元が隠れちゃうのは仕方ないと諦めて停まったところを撮った(生麦)


いや、まだチャンスはある。品川へ行った800形ちゃんは今度は浦賀行きの下り普通になってやって来る。こんどは慎重にロケハン、……と呼べるほど大したことではないけれど、「ホームに入ってくる800形ちゃんの勇姿が撮れそうな駅」を探して、生麦から横浜方面に少し下って神奈川新町で待ち構えることにする。まだ800形ちゃんが来るまでだいぶあるからほかの列車を撮って練習も出来るぞ。


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「ホームに滑り込んでくるシチュエーション」の理想(神奈川新町)


そうそう、こういうのが撮りたいの。顔と全身がピシャーと入って、「働いてる電車」って感じがするでしょう。

……ただ、雨がえぐい。風も強くて、傘なんて差したら持っていかれそうだしそもそも差したところであまり効果はない感じ。上り線のホームに立っているんだけど、京急名物の快特が通過するときの風圧も怖い。こんな素人の趣味で迷惑をかけるようなことはあってはならないわけで、色々と緊張することは多い。


ズボンの膝まで冷たくなったころ、ようやく800形ちゃんのおでこライトが遠くに見えて来た。こんどはちゃんと全身をピシャーと!


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雨を切り裂いて走る800形ちゃん(神奈川新町)


おお……、おお、これ、どうですかね! いい感じなんじゃないでしょうかね! はくしょん! 大魔王!


少しばかり満足して、昼食と所用を済ませに一旦京急から離れる。雨が小止みになった夕方近く、品川と浦賀を行ったり来たりしている800形ちゃんが品川から浦賀へ下る姿を撮りに、こんどは大森海岸駅へと移動。あっ、ここはなんだかいい感じに撮れそうだ。早速向こうから走ってきた電車で一枚。


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都営浅草線を通ってやって来た京成の電車(大森海岸)


真っ直ぐな線路を快走する電車の姿は、それが意中の相手でなくても「好き!」って思えてしまうものだったらしい。「あの子のこと全然興味なかったけど、なんとなく見た文化祭のバンドでボーカルやってるとき、何だか超素敵だった……」みたいな。


この調子で800形ちゃんも撮りたいところ!


だったんですが。


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なんだか陰気に写ってしまったし妙に左に偏った800形ちゃん(大森海岸)


ぼくの使ってるカメラは借り物で、借り物に文句をつけてはいけないのだけど、なんだかしぼりの調整が思うようにいかないんです。いいえごめんなさい、単に写真が下手なだけです。

……他の車両は綺麗に撮れたのに、800形ちゃんのときに限って何だか思うようにいかないという結果に。

「違うの! 普段のあたしならもっと出来るの! ……ただほんのちょっと緊張して、シャッター押す指が震えちゃっただけ……、『好き』って気持ちが強すぎて……」

今年で37歳になります。

しかし神奈川新町もそうだったけど、通過列車が結構な頻度でやってくる。轟音を響かせて走り行く電車はカッコいいのだけど、それ以上に怖くて、毎回ホームの壁際まで退避していた。思っていた以上に神経を使う趣味だぞこれは……。





◆5月29日


前日の雨予報は外れ薄曇りだけど蒸し暑い、晴れ間も時折覗いている。今日はお日様を浴びて走る800形ちゃんを撮れそうだ……。


しかし、運用情報を調べて愕然とする。今日に限って800形ちゃん、朝のお仕事を終えるなり金沢文庫の車庫に入ってしまってお昼寝、しばらく出て来ないという。歯噛みしながらも、思惑通りにいかないのは恋も同じ。

むしろ、振り回されると余計に燃えあがってしまうもの。

昼間を別の用事に当てて、800形ちゃんをもうすぐ「京急東神奈川駅」に改称される仲木戸駅で待ち構えることに。ここも下りホームから、大森海岸と同じく真っ直ぐな線路がホームの端から見渡せるロケーションだ。前回の大森海岸では左に偏ってしまったから今度は気をつけて、いざ!


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登り坂を駆け上がってくる凛々しい800形ちゃん(仲木戸


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品川に向けて行ってらっしゃい(仲木戸


うん! うん! と一人で頷きながら、上りホームに向かう。

平日の昼間、京急は普通が行った後に快特エアポート急行が追いかけて、追い抜いて行くというダイヤが組まれている。いま上りで走っていった800形ちゃんは京急鶴見まで逃げて、後続のエアポート急行に道を譲る(待避する)のだ。更にその先、平和島と鮫洲でも通過列車に道を譲る。

この「後続の列車に道を譲るために大急ぎで待避出来る駅まで逃げ込む」という仕事のために、800形ちゃんの備えた加速スペックがものすごい、という話は冒頭にリンクした記事にも書いた。

とにかくここで重要なのは「いま撮った800形ちゃんを品川寄りの駅でまた撮れる」という点だ。

そんなわけで、後続のエアポート急行に乗り込み、京急鶴見で追い抜き、京急蒲田で待ち構える。


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こうして800形ちゃんを見送るのが、ついこの間までぼくの日常だった(京急蒲田


今度は800形ちゃんに乗り込んで、平和島へ。


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ぼくが見送った800形ちゃんはいつもここでぼくこ乗った電車を穏やかな顔で見送ってくれた(平和島


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小粒なテールライトも愛くるしい(平和島


加速性能を遺憾なく発揮して走り去る姿を取ったら、今度は後続のエアポート急行に乗って鮫洲で800形ちゃんを追い抜いて、青物横丁へ。


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反対側のホームには千葉のほうからやって来た電車。京急のほかの車両たちが千葉方面へ乗り入れて行くのを尻目に、800形ちゃんは品川から先の景色を知らない(青物横丁)


京急蒲田から品川って快特だとあっという間に着いてしまうんだけど、その区間を乗っては降り、降りては撮って、また乗って……、と繰り返して、品川の一つ手前、北品川で降りる。ここは駅からほど近いところに、ぼくでも知ってる超有名な撮影スポットがある。

それが「八ツ山踏切」だ。品川を出て左下に見下ろしていたJRの線路を、ゆるりゆるりと鉄橋で跨いだ先にある、大きな踏切。急カーブなもので、ここを通る車両はみんな徐行する。ここの急カーブの存在ゆえに京急は並行するライバルJRと時間の上でどうしても不利になってしまうのだけど、ゆっくり走ってくれるなら写真下手でもいい感じの写真が撮れるはず。青物横丁から北品川まで乗り心地を楽しませてくれた800形ちゃんは、すぐに折り返して来た。


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こんなにイケメンに撮れてしまった(品川〜北品川間)


急に曇ってきたし、お尻の方がちょっと切れてしまったけれどこれは多分しょうがない。それらしさに溢れる一枚が撮れたぞ。

たぶんネットの海には同じアングルの写真がたくさんあるんでしょうな……。でもぼくの記憶に刻む一枚。「大好き!」という思いを込めてシャッターを切りました。

 



◆余談


ところで、ずっと800形ちゃんを「可愛い可愛い」言っているんだけど、「鉄道車両(無機物)を可愛い」と言う感覚はやはり少し共感されがたいものなのかもしれない。前回の800形ちゃん記事で少しは伝えられたとは思うのだけど、他の車両を例に挙げて、もう少し掘り下げていってみよう。

デザインの面で「可愛い」電車とは、どんな電車なのか。


京急には「1000形」という車両がいる。冒頭で「高松琴平電鉄の『旧1000形』」という書き方をしたが、あの1000形とは別な車両である。


この1000形には製造された時期によってデザインに違いがあるのだ。


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まず作られたのはこの顔の子。端正でありながらふくよかな顔立ち。元々はこの1000形に先駆けてデビューした車両(600形)がこういう顔で、それを洗練した顔で登場した2100形という車両と同じでマスクをしているのがこの1000形なのだ。

この1000形、しばらくはアルミニウムのボディにこの顔で作られていたんだけど、ある時からボディの素材がアルミニウムからステンレスに変わった。

その結果として、顔も変わった。


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先ほどと同じ「1000形」なのだけど、顔がマイナーチェンジされたのがおわかりいただけるだろうか。より柔和なデザインになった一方、サイドビューをご覧いただきたい、角度的に分かりづらいかもしれないがそこを強いてご覧いただきたい。アルミニウムの1000形は窓周りを白く、他は赤く塗っていたが、このステンレスの1000形は窓周りの塗装(というかフィルム)が省略されて銀色が剥き出しだ。

どうも、これが長く京急を愛して来た人々にはあまり評判が良くないらしい。

ただその一方で、……はい、もう一度お顔のほうにご注目くださいね。銀色剥き出しの1000形のほうが丸みを帯びて柔和な顔立ちになっているのかご確認いただけましたでしょうか。フロントガラスがやや中央によって、そのぶん縁取りの赤が目立つようになった点、それから白帯の部分が少し裾絞りになって全体として球体のイメージが湧くデザインになってますよね。


かくして二種類の顔がある車両となった1000形だったのだけど、少し前にまた違う顔の「弟」が現れた。2015年に製造されたグループが、下の写真の右の電車だ。


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左と右、どちらも1000形である。ただ右の、2015年に製造されたグループは非常扉が真ん中に備え付けられて、顔の印象がやや四角くなった。この写真では伝わりにくいのだけど、顔の膨らみがなくなって、初代ステンレスの顔にあった柔らかさは幾分低減してしまった。白帯の裾絞りはおんなじなんだけど……。

非常扉が真ん中に寄ったのは、4両一組のこの車両を二つ繋げて走らせる際に、互いに行き来できるようにするためだそうで、つまりは機能的なデザインということ。もちろん、その「機能」こそが電車に求められる部分であるということは判っているつもりだ。


この文章を書いている人が、三種類の「顔」のどれが一番「可愛い」と思っているかについては……。


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あえて書くまでもないですよね。どうですかこの、つるつる卵肌に映り込む景色のなめらかなゆがみっぷり。ぷにぷにしていると言っても過言ではない。やわらかそうさがすごい。

無機質な銀色剥き出しが不評だったステンレス版の1000形も、最近デビューした車両は全面に色がつけられてこの通り温かみのある印象に!

細かなことを言えばこの「全面色付き1000形」にも「窓の枠が銀色のままのタイプと、そこも白にされてるタイプ」とありまして、ぼくは窓枠も塗られていたほうがより柔らかく甘い印象で好きだなあなんてことを思ってるんですが、それについてはまあいいです。


要はデザインにおいては、「鉄道車両という金属の塊でありながら、どことなく感じる柔らかさ」というのが、鉄道車両に対して臆面もなく「可愛い!」と言ってしまう理由なのであります。


本題に戻りましょう。




◆6月7日


800形ちゃんの引退まであと十日を切った。

沿線各駅ではそろそろ、最後の姿を撮影しようとするファンの姿が目立ち始めている。……みんなすげえカメラ持ってるな。

ぼくも午後に日ノ出町までやってきて、最後にもう一回いい写真を撮りたいと思っていたのだけど、……今日も雨模様だ。幸い前々回のような風はないけれど、雨足は相当なもの。それでも、今日を逃すともうチャンスはない。


京急三崎口方面と浦賀方面と線路が分かれる堀ノ内駅までやって来た。いつも「下りホームから上り線」「上りホームから下り線」と撮っていたから、最後は「上りホームから上り線」を撮ってみよう。堀ノ内の下りホームから浦賀方面を見渡すと、いい感じに線路が左にカーブしている。これは上手くすれば相当イケメンに撮ることが出来るのでは……?


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雨粒と800形ちゃん(堀ノ内)


ちょっと雨に負けてる気がする。これ晴れてる日だったら相当カッコよかったんじゃないか、どうだろうか。

関東地方もまもなく梅雨入りだ。800形ちゃんにとってはこれが最後の梅雨であり、彼はこの梅雨が明けるのを待たずにこの線路の上を去ることになる……、そう考えれば、うん、これも大事な記録。

やや無理やりに自分を納得させたつもりで、それでも諦めきれずにまた800形ちゃんを追いかけて仲木戸へ。先日は薄曇りだったから、今度は思いっきり雨の中で撮ろう、という逆転の発想である。

だってどんな天気であったとして、今日が800形を撮れる最後のチャンスだ。


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おでこライトが凛々しくけなげ(仲木戸


更に後続の急行で追い掛けて、京急鶴見で乗り込んだ。考えてみると、ずっと撮ったばかりであんまりり乗れてなかったな……。

800形ちゃんの可愛さの一つである青い椅子に収まって、しんみりと乗り心地を楽しむことにする。


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扇風機、片開きドア、加速するときの「ヒゥゥーン」って音……、誰にとっても日常の中にあるこの時間も、いまのぼくにはかけがえのない一瞬の連続だ。


京急川崎でも、京急蒲田でも、たくさんのファンが800形ちゃんにカメラを向ける姿が見られた。

鉄道車両に興味のない人たちからすれば、

「こんな当たり前の電車撮ってどうするの?」

と不思議な気持ちがするかも知れない。いや、それは800形ちゃんと出会うまでのぼくもそうだったのだ。

それがいつしか、乗っている電車が800形ちゃんを追い抜いて行くとき、視線が彼を追っている。

何でもない日におでこライトを光らせて彼がホームに滑り込んできてくれると、その日がいい日になったような気になれた。

日常のどこかに、今日も彼が走っているという事実。それがどれほど大きかっただろう。

ぼくにとって、たくさんのファンにとって、「800形」の今をなんらかの形で残したいという願いは、とても切なくて、それを形容する言葉をぼくは「恋」しか知らない。

相手が無機物であろうとも、これは恋だったのだ。そう結論が出たところで、何にもなりはしないのだけど、せめてもの救いは彼に恋をした人がたくさんいたのだと、彼はたくさんの恋に包まれて引退するのだということだ。



◆6月9日


起きたのは6時半過ぎ。なんだかぼんやりと、京急の運用情報を見て、800形ちゃんが走っていることを知る。撮りに行くことはないと思っていたはずなのに、起き抜けとは思えないスピードで思考が回り始めた。大急ぎでシャワーを浴び、髪を乾かして駅に向かって、平和島のホームに降り立った。


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今日は雨が降っていなかった(平和島


かっこよく撮れたな、と思う。



◆おわりに


長々と800形ちゃんの撮影記録を書いてしまった。どうやらぼくは、「こんなに可愛い電車がいたんだ!」ということを誰かに伝えたかったんだな……、と思う。

この記事が、鉄道にあまり興味のない人には、

「ああそういえば、こんな電車に乗ったことあったっけなあ」

と思い出すきっかけになったらいいなと思うし、800形ちゃんが好きな人には、

「800形よかったよな!」

って思って頂けたらいいなとも思う。

800形ちゃんは6月16日に「さよなら運転」が行われる。どうか800形が最後まで無事に仕事をやり切れるよう、一ファンとして願ってやまない。


いつかまた、800形ちゃんみたいに夢中になれる電車に出会えたらいいなと思いながら、筆とカメラを置きます。


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ありがとうな!(北品川)



*周りの人のご迷惑にならないよう、また列車の安全な運行の妨げにならないよう、マナーを守って撮影を楽しみましょう。