東京レトロポリタンク

BL小説家(志望)の男の興味の矛先。

関西大手私鉄のいいところを見て回った件(えんせんみんボーイズおまけ)

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 全国には十五社の大手私鉄があり、そのうち八社は関東に、残りは中部・近畿・九州に存在する。関東在住で浅め鉄道ファンであるぼくのような人間は、西へ足を運ぶたび少しずつ乗っては来たけれど、まだまだ十分に各社を味わい切れているとは言いがたい。

 今回、関東の大手私鉄を推す少年たちのほのぼの不条理四コマ漫画「えんせんみんボーイズ」の作者である柏餅なぎたくんと思う存分京阪神大手私鉄を楽しむ機会があった。各社を辿って見えてきた「すごい!」を、紹介して行こうと思う。

 

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【阪急梅田駅がすごい!】

 

 阪急と言えば「マルーン」の電車、「マルーン」と言えば阪急。新型も古参も同じ艶のあるマルーンで塗られた車両たちが何より印象的な「阪急電車」であるが、何が一番すごいって、やっぱりターミナルである梅田駅がすごい。

 

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この色を鉄道車両の塗色に使うって発想がそもそもすごい。

 

 まず、言葉でそのすごさを説明してみよう。

 阪急の梅田駅は、阪急神戸線阪急宝塚線阪急京都線という三方向へ伸びる幹線すべての始発駅だ。一路線あたり三本の線路を備え、ホームからはひっきりなしにマルーンの電車が発着する。ホームは「頭端式ホーム」と呼ばれる、並行するホーム同士が一端で繋がり行き来できる構造であり、ホームは全部で1番線から9番線(阪急では「1号線」から「9号線」という呼称を用いている)まである。

 この1号線から9号線の線路は、同一平面上に存在している。

 ……やっぱり言葉では伝わりにくい気がする。

 

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つまり、こういうことだ。

 

 地平線が見える……、とまでは言わないが、1号線から9号線まで全て同一平面上に存在し、かつ一端では繋がっている。

 

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 頭端式ホームとしては日本で最大の規模を誇るのがこの阪急梅田駅。「威容」という言葉がしっくりくる。つやつやにに磨かれたホーム床は清潔感があるし、目まぐるしく発着するマルーンの電車群はいつまでも見飽きない。これはまさしく関西私鉄の雄・阪急電車の城、いや「宮殿」と言ったほうがいいだろうか? とにかく必見の構造物である。

 

 

【南海汐見橋線がすごい】

 

 阪神電車は本線の尼崎から大阪ミナミの繁華街・なんば方面へ抜け、近鉄との相互乗り入れを行っているが、この尼崎~なんば間を結ぶのが阪神なんば線である。なんばの一つ手前にある桜川駅は真新しい地下駅であるが、その地上出口の目の前にあるのが「南海電車汐見橋駅」である。何故か全く違う駅名の両駅であるが、桜川駅の構内にも汐見橋駅への乗り換え案内は出ている。

 

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こんな新しい駅の、

 

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案内にしたがって地上に出ると、

 

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あるのがこの駅である。

 

 同行の柏餅くんが言葉を喪った。桜川駅から地上へのエスカレーターはタイムマシーンか何かだったのではないか。南海はまぎれもなく関西の大手私鉄の一角であるが、目の前にあるのは昭和のローカル線の終着駅である。関東で言えばどこが近いだろう……? 工業地帯の真っ只中にあるJR鶴見線の駅が似た雰囲気だけど、すぐ側に乗換駅があり、人の往来もそこそこある、という点ではやはりこの汐見橋駅の方が不思議さの度合いが高いように思う。

 

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改札口もこの雰囲気。見慣れたはずの自動改札機が異質にすら思えてくる。

 

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券売機は一台のみ、電車は一時間に二本。大都市のローカル線だ。

 

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 駅舎からスロープで繋がるホームにはわれわれ同様、この汐見橋線そのものに興味を持ってやってきたと思しき乗客が数グループ。二両きりの電車は高速道路(阪神高速15号線)沿いをゆっくりと走り、工場の名残かと思われるがだだっぴろく何もない駅前の木津川、下町の住宅地のど真ん中に位置する西天下茶屋などを抜け、十分足らずで本線(高野線)との接続駅である岸里玉出に到着する。岸里玉出駅汐見橋駅とは対照的な高架のホームで、関西空港への特急なども行き交う。その本線ホームからは少し離れたところでぽつんと泊まる二両の汐見橋線は、やっぱり何とも言えない趣深さ、流行りの言葉を使うならば「エモい」という言葉がしっくりくる。

 

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エモい(岸里玉出

 

 

【京阪の8000系がすごい】

 

 大手私鉄各社の「特急」はそれぞれに個性があり、事業者ごとの個性や考え方が浮き彫りになっていると思う。

 例えば箱根という一大観光地を持つ小田急の特急は「ロマンスカー」で乗車券のほかに全席指定の特急券が必要、展望席も備えたハイグレードなものだし、成田空港と都心のアクセスを担う京成の特急「スカイライナー」も全席指定。これらは「特別急行」の名に恥じない専用車両を用いて運用される一群である。関西の大手私鉄では名鉄近鉄・南海の三社が有料特急を走らせている。

 

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小田急自慢のロマンスカー「GSE」(本厚木)

 

 一方、通勤需要の方が圧倒的に高い京王や東急のような事業者においては、「特急」と言っても単に停車駅が少なく速達性の高い種別、ということになる。これらの「特急」はいずれも乗車券だけで乗れるし、車両も各駅停車と同じ形である。関西では阪神と阪急がそう。

 

 

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一般型車両で運転される阪急の特急(西宮北口

 

 両社の折衷に当たるのが、基本的には専用の車両を使って運用されるが特別料金が不要な「特急」を走らせている事業者。例えば関東では京急が、最優等列車である「快特」にはラッシュ時間帯を除き2100形という各車両二つドア・全席クロスシート(二人掛け席)の車両を充当しているし、阪急も元々京都線(京都~梅田)の特急には6300系という全席クロスシートの車両を用いていた。

 この項でご紹介するのは京阪の、「乗車券だけで乗れる・二つドアの・全席クロスシートの車両」である。

 

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京阪の特急専用車両8000系(丹波橋

 

 京阪が1989年にデビューさせた特急専用車両がこの8000系。元々3000系という、同様のスペックの特急専用車がいたのだが、それを進化させ、更に近年リニューアルを経て塗装も一新、愛称「エレガントサルーン」の名に恥じぬ看板車両である。登場時から中間に二階建て車両を挟み込んでいたことも特筆すべき点と言えるだろう。またリニューアルに際して「プレミアムカー」と呼ばれる有料指定席車両も組み込み、ラッシュ時にも着席確保が出来るようになった。

 先頭車は運転席のすぐ後ろにも座席が設けられ、見事な全面眺望を楽しむことも出来る。

 

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運よくありつけた最前部の席

 

 関西の大手私鉄は各社個性的な車両が多いが、その中でも京阪8000系のホスピタリティ、特急という種別に関してのブランディングは出色のものがあるように思う。

 

 

近鉄の特急の喫煙ブースがすごい】

 

 禁煙ブームが叫ばれて久しい。久しい、というか、もう喫煙者としては立つ瀬がない。関東はJRも大手私鉄も駅構内は全面禁煙化されてずいぶん経つし、鉄道の車内での喫煙など滅多なことでは出来ない。もっともそれは時代の流れを考えれば無理からぬことであるし、喫煙者としても甘んじて受け入れて行かなければいけないところであろう。現在全国の鉄道で「走行中にタバコが吸える車両、もしくは喫煙ブースを設けている車両」がどれぐらいあるか調べてみたところ、新幹線の一部車両や寝台特急が喫煙可能である以外、原則として喫煙可能な車両というのはもう存在しないようだ。可能、と言っても喫煙ブースである場合がほとんどで、ごく限られたスペースに喫煙者は肩をすぼめて紫煙をくゆらせるのである。

 筆者が大学生だった頃(二〇〇〇年代初頭)にはまだ、JRの在来線に喫煙者を繋いだ特急や快速が走っていた記憶もあるが、……繰り返しになるが、これも時代の流れ、仕方のないことだ。

 

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東海道新幹線の喫煙ブース

 

 そんな中、私鉄としては日本で最も長い路線を誇る近鉄には現在も「喫煙可能な車両」を設けている。これは私鉄としては唯一のものだ。伊勢志摩への観光特急「しまかぜ」や、名古屋と京阪神を結ぶ「アーバンライナー」用の車両は全車座席禁煙ながら喫煙ブースを設け、「一般特急」と呼ばれる特に名前のない特急(近鉄は路線が広範囲に渡るため、多くの有料特急が走っていることも魅力の一つである)は一部車両客室を喫煙車として開放し、座席での喫煙を許可しているのである。

 今回関西私鉄めぐりを行ったわたしは喫煙者、柏餅は非喫煙者であるが、「おまえが吸うぶんには別に構わない」というスタンスの人。ホテルは喫煙可能な部屋を予約してくれたし、近鉄特急のチケットを買う際にも、

「せっかく喫煙車付いてるんだったらそっちにしようか」

 と気遣ってくれたが、煙たいなか短からぬ時間座らわせるのも申し訳なく、喫煙ブースがすぐ側にある車両の座席にしてもらった。

 この「喫煙ブース」がすごかった。

 

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ワンルームマンション?

 

 こんなに居住性の高い喫煙ブースでいいのかおい、とたじろいでしまうほどの広さ。窓のサイズも客席のそれと変わらず、ご覧のように大変広い。われわれがこの特急に乗ったのは奈良県の大和八木から三重県近鉄四日市までの区間だが、車窓は山間部から平野、広い河川を渡る鉄橋と目まぐるしく変わって行く。もちろん客席(有料特急券が安く感じられるほど広々とした、フットレスト付きのリクライニングシートである)で寛ぎながら眺めるのが一番いいに決まっているが、喫煙室からも十分楽しむことが出来るのだ。「喫煙ブース」というと薄暗く狭苦しいところと相場が決まっているが、近鉄特急の「すべてのお客さまにゆとりを」という姿勢は評価していいと思う。

 

 余談だが、われわれが近鉄特急の乗り心地を楽しんでいたのは、ちょうどこの後四国から関西地方を直撃する台風二〇号が接近しようとしていた時間帯。強い雨が降ったかと思えば晴れ渡り、そうかと思えば晴れ渡った空から大粒の雨から降りしきるという不安定この上ない空模様であった。特急は大いに遅れていたが、車窓からは二度にわたり見事な虹のを楽しむことが出来、そういう意味でもよい旅路だったことを書き添えておきたい。

 

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こんなに近くで虹を見るのは初めてだった。

 

 

阪神は尼崎駅でのバリアフリーの手段がすごい】

 

 梅田から神戸三宮・元町を結ぶ阪神電車優等列車がオレンジ色、普通列車が青色と、運用ごとにぱっきりと車両の塗装を分けているのが車両面での特徴的だ。路線の総延長が短く本線以外には武庫川線と言う小さな支線があるだけ、規模で言えば小さい阪神電車であるが、その分「車両の塗装で種別を(おおまかに)判るようにしとこう」という発想は見事と言うべきだろう。

 

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オレンジ色の「急行」梅田行き

 

 ところで阪神と言えばもちろんプロ野球阪神タイガース。永遠のライバルである読売ジャイアンツのチームカラーがオレンジなもので、梅田から甲子園へ応援に行く阪神ファンから「何で巨人色に塗ってしまったのか……」という呟きが漏れるのは年中行事。最新車両の1000系など、非常に格好いいのだが、どことなくジャイアンツのマスコットキャラクター「ジャビット」を想起させる前面デザインであるように思う。

 

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塗り分け方が読売の「Y」っぽい。

 

 さてそんな阪神に見付けた「すごさ」は尼崎駅にある。梅田を出て最初の優等列車停車駅であるこの尼崎は本線の神戸三宮方面からの電車が大阪ミナミのなんばへ直通し、やがて近鉄大阪線に乗り入れ最終的には奈良へと至る阪神なんば線との分岐駅なのだ。神戸方面からやってきて本線を直進し梅田へ向かう特急と、なんば線から近鉄へ乗り入れる快速急行がこの駅で二手に分かれる。

 もちろん梅田に行きたい人は梅田行きに、なんば方面へ行きたい人は奈良行きに乗ればいいのだが、常に都合よく目的の行先の電車に乗れるわけではないことは想像して頂けるだろう。一部の乗客はこの尼崎で目的の電車に乗り換える必要に駆られる訳だ。ところが本線梅田方面の優等列車が停まるホームと、なんば線のホームには間に一本線路が挟まっている。これはこの駅が緩急接続(普通列車優等列車の待ち合わせ)を行う駅であり、この線路には梅田行きの普通が停車して特急を先行させるのだ。

  この、なんば線ホームと本線の優等列車用ホームに挟まれて停車する普通列車が、ちょっとすごいのである。

 例えばあなたが「なんば線方面に行きたいのに、やって来たのは梅田行きの特急。とりあえず尼崎まで特急でやって来た」というシチュエーションだったとしよう。尼崎に到着したらどうするか、……改札前に繋がる階段ないしはエスカレーター・エレベーターなどを使って反対側のホームまで移らなければならない。元気な若い方ならば何ら問題はなかろうが、足の不自由な方や妊娠中の方、小さなお子さんを連れている方……、そしてこのときのわれわれは旅行中で柏餅はカートを、わたしはやたら大きなリュックサックを背負っていて、身軽とは言い難い状況であった。そんな中、「改札前に繋がる階段ないしエスカ以下略」を使って上り下りするというのはなかなか大変であることは想像に難くないだろう。

 バリアフリーとは「バリア」からの解放、すなわち「バリア(障害物)」をなくしてしまうことである。この点、尼崎駅の2番線(5番線)に停車する普通電車は、正しく乗客をバリアから解放(フリーに)する役割を担う。

 この線路上に停車する各駅停車は、左右両方のドアを開けっ放しにするのである。

 即ち、なんば線から本線、あるいはその逆へ乗り換えをする際に生じる段差から乗客を解放してしまうのだ。

 もちろん、左右にホームを配置した駅は珍しくないし、そういった駅で左右のホームに向けて同時にドアを解放する例も少なくない。しかしそれらの多くが「降車客を降車用ホームへ/乗車客は乗車用ホームから」という振り分けのために行われているのに対し、この尼崎駅においては初めから「停車している車両を通路にする」ことが前提に運用されているのだ。

 

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「通路」として停車する「普通梅田行き」の青い電車。

 

 よく考えられたバリアフリーであると、柏餅もわたしも感心しきりであった。

 

 

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 関西圏、京阪神大手私鉄を乗り回って、関東の私鉄には見られない工夫や特色、そして光景を事業者ごとに見て来た訳だが、こうして振り返って見るに、ますます興味が尽きない思いがする。阪急はまだ神戸線に乗ったのみで阪急の大テーマパーク宝塚には足を踏み入れたことがないし、京阪は特急ばかりに目が行ってしまったが日本で最初の多扉車5000系や滋賀県内の石山坂本線は自動車と並んで走る「併用軌道」を持っていてこれまた見に行かない訳には行くまい。南海も今回は汐見橋線という短い支線に焦点を当ててしまったが関西国際空港へのアクセスを無視する訳には行かないし、広大な路線を誇る近鉄をたった一度の乗車で判ったような気になっては失礼である。そしてその近鉄と直通運転を行う阪神も、今回は魅力的な支線である武庫川線に筆を至らしめることが出来なかった。

 そして関西の大手私鉄はこの五社にとどまらない。名古屋を走る名鉄、急襲唯一の大手私鉄である西鉄にも、いずれ触れなければならないときが来るだろう。

 関西大手私鉄の魅力を、今回どの程度お伝えできたかは覚束ない。しかし特に関東の読者諸氏におかれましては、関西に行かれた際には是非関西私鉄を乗り回って、それぞれに魅力を見付けて頂きたいと思うのであります。

 

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阪堺電車もとてもよかった。