東京レトロポリタンク

BL小説家(志望)の男の興味の矛先。

行き止まりに行きたくって仕方がなかった。

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おれは今年で36歳になる。BL小説家を目指しているんだけど、未だにプロになれていない。誰に読まれることもない小説を書き続けていて、不安に苛まれることも増えて来た。


「このまま何にも出来ないまま終わっちゃうんじゃないか」

「そもそもおれは道を間違えていたんじゃないか」


自分の歩む人生の道の先が行き止まりだったら……? そんな悲しい話ってないだろう。


でも「行き止まり」ってどんなところなんだろう? 考えてみるとこれまで、「行き止まり」に行ったことってないな……。


人生の「行き止まり」で途方に暮れるおれは、本当の「行き止まり」で何を思うんだろう?


そう思ったので、「行き止まり」を目指して出掛けてきたんですが。


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◆気軽に行けそうな「行き止まり」を見付けた


八王子に住んでいる。中央線の八王子だ。二駅先が高尾で、そこから中央線は急にローカルな雰囲気になる。


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やってくる電車も都心でおなじみオレンジの帯の車両ではない


甲府小淵沢、松本といった行き先の電車に乗り換えて一駅、長いトンネルで小仏峠を越えた先、最初の駅は神奈川県の相模湖。相模ダムがあって、数年前には「ダムマニア展」も開催された場所だ。

八王子民はよく「八王子って山梨でしょー」なんて揶揄されるのだけど、八王子から山梨に行こうとすると神奈川を通るんだってことを覚えておいてもらいたい。


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山が近い。手前が中央線、奥の高架は中央自動車道


調べたところ、相模湖の駅から歩いて行ける距離に「行き止まり」があるみたいだ。しかも途中には滝もある。他にも駅から行ける範囲に「行き止まり」は何箇所かあるみたいだったけど、滝の存在が決め手になってここを目指すことにしたのだ。


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縮尺の都合上2枚に跨って地図


距離的にも、駅から2キロ足らず。どんな道なのか、辿った先にどんな景色が待っているのか、全く想像がつかない。ただ判るのは「山の中だろうな」という点のみ。

人生に行き詰まりつつある自分が「行き止まり」に辿り着いたとき、どんなことを思うんだろう? 徒労感を味わうだけなのか、それとも何か前向きになれるような景色が広がっているのか。


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行き止まりへのアプローチ


いよいよこの先が「行き止まり」だ。正直、ドキドキしている。そのドキドキの半分は期待感だけど、もう半分は「怖い目に遭わないだろうか」というものだ。具体的には、蛇とか蜂とか出たら嫌だな、あとは「ちょっと天気悪くなってきちゃったな」とか「まさか遭難するようなことにはならないよな」とか。

いやいや、天下のGoogleMAPに載ってる道なんだから幾ら何でも遭難はしないでしょ……、でも万が一ということもある。

しかしここで引き返したらおれは「人生の行き止まりにすら行けないで頓挫した男」になってしまう。

すくみそうになる足を叱咤して、踏み出した。行くのだ、おれは行くのだ!

どんなに雄々しい足取りだったとしても、行く先は「行き止まり」なのだけど。


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すぐにこんな砂利の急坂だ


運動用の靴というものを持っていないもので、ちょっと足元が不安定な場所になると途端に膝やら腰やらに負担がかかる。いや、これは靴云々以前の問題として中年だからだ。運動不足を解消しようと時々何キロか歩くのだけど、そういう日の夕方はがっくり疲れて寝てしまう、……BL小説の原稿やらなきゃいけないのに、体力が追い付かない。

「行き止まり」に行くためには体力が必要なのだ。

山の緑の風が吹き抜けるが、蒸し暑く、汗が噴き出してくる。それでも一歩一歩踏みしめて、三分ぐらい進んだだろうか。


信じられない光景を前に、立ち尽くした。


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「立ち入り禁止」


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「クマ出没注意」




◆「行き止まり」にさえ行けなかった男、さまよう


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別の道を辿って引き返したら、とてもハードコアな階段があった。高所恐怖症なので辛い


雨が降り始めた。

「人生の『行き止まり』で途方に暮れるおれは、本当の『行き止まり』で何を思うんだろう」と思って出掛けて来たが、そもそも「行き止まり」にさえ辿り着けなかった。

しかもクマが出る。クマは怖い。


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普段あんまり甘いものは食べないのに衝動買いした

 

雨はどんどん強くなり、やがて雹が地面を叩き始めた。傘を持って来てよかったな……、呆然としながら食べるエクレアはぜんぜん甘くなかった。


このまま帰ってしまおうか、という気持ちが湧いて来た。しかしせっかく交通費をかけて出掛けて来たのに何の収穫もなく帰るのも悔しい。雨宿りをしながら考えた挙句、小止みになった雨の中、意を決してもう一つの目的地に向けて歩き出すことにした。


◆高速道路を渡った先に神社がある


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鳥居の先の石段、妙なところで切れてると思いませんか


相模湖駅のほど近くに、與瀬(よぜ)神社、という神社がある。

先ほどおれが目指した「行き止まり」に向かう途中、駅から5分ほど歩いたところにある神社である。拝殿は相模湖駅の北に聳える山の中。

ここでさっき、「山が近い」ってキャプションを付けた写真を再掲しますね。

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中央道の向こうはすぐ山で、背後には相模湖を見下ろせるというロケーション


相模湖駅周辺は北から「山>{中央道>中央線>甲州街道国道20号線)}>相模湖」といった具合の位置関係になっている。{}でくくった範囲は狭くて、甲州街道が中央道の北に出るところもあるんだけど、だいたいこんな感じ。で、與瀬神社の参道は甲州街道にあり、繰り返しになるけど拝殿は山の中にあるのだ。


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甲州街道にあるバス停の名前は「与瀬」神社前


つまり、山の中にある拝殿に行くためには、何らかの形で高速道路を越えなければならない、ということになる。

その結果、この神社はとても特徴ある石段を備えるに至った。


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神社の石段……、と呼ぶには妙にインダストリアル


急な階段を登ったところに見えるのは、山にへばりつくように敷かれた中央道。


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紛う方なき自動車道


つまりこの神社の石段は高速道路を跨ぐ歩道橋の役割を併せ持っているのだ。


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ガチで高速道路

 

山と湖に挟まれたこのエリアにある神社ならではのアプローチだ。


おれは免許を持っていないんだけど、たまに人の車に乗せてもらって高速道路を走ると時たま現れる「歩道橋のような何か」が昔から気になっていた。高速が出来て自由に行き来出来なくなった住民のための歩道橋なんだろうな、と察してはいたけれど、その中の一つがまさか神社へのアクセスだとは思わなかった。

たぶんこの橋の下を潜り抜ける車の運転手たちも気付いていないんじゃないか。


せっかくなので、このまま神社にお参りをして行こう。


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次来るときまでにちゃんと歩くのに適した靴を買おうと決意した瞬間


踏みしろが小さい上に急な石段(こんどはちゃんとした石段)を登った先、雲間から差し込む陽射しに照らされた與瀬神社の拝殿が姿を現神社のた。


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神々しい


写真では判らないけれど、雨に濡れた屋根から、初夏の陽射しを受けて湯気がたなびいている。昔読んだ本に「水蒸気は日本の風景美を形作る要素」みたいなことが書いてあったことが思い出された。

しかし、こんなに静かな景色なのに、高速道路を走る車の音が途絶えることなく聴こえてくるのが何だかおかしい。これももちろん、写真では伝わらないんだけど。


「行き止まり」に辿り着けず、雨に降られてすっかり萎んでいたが、境内でぼんやりと過ごしているうちに何だか元気になって来たのを覚える。

要は、まだまだおれは「行き止まり」を意識するには早過ぎるってことなんじゃないだろうか。たださまよってるだけで。でもさまよい歩いて面白いものが見られるなら、それもそれでありかもしれないな……、なんて気持ちが湧いて来る。


いい話で締めくくろうと思ったが、


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雨に濡れたこの石段を下る勇気はいつまで経っても湧いてこなかった。


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急な石段は、高所恐怖症のおれには辛い。そもそもこの靴では怖い。しかし神様(與瀬神社は日本武尊が御祭神)は優しい。緩い坂もちゃんと設けてくれている。男坂と女坂って呼んでいいのかな。


女坂を下る途中、雰囲気のいい林道が見えたのでそちらに寄り道して帰った。


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この神秘的な雰囲気(そして右下から這い上がって来る高速の音よ)


この日も帰ってから、やっぱり昼寝に落ちてしまったのだけど、不思議なことにきっかり30分で目が覚めて、BL小説の原稿を進めることが出来た。いつもより随分と捗った。

「脇目も振らずに頑張る」のもいいけど、そうやって行き過ぎた果てにあるのが「行き止まり」なのかもしれない。だとしたら時には気分転換も大切なのかもしれない……、なんてことを、ちょっと考えた。


でもやっぱり行って見たいよなあ……、「行き止まり」に……。


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凝りもせずまた「行き止まり」を探している